高校サッカーで同期38人中最下位からスタートし、3年で全国大会へ。デザイナーとして独立し、学生起業で売上2億を叩き出すも、お金で集まった仲間は金で散った。会社を畳み、リクルートで組織の作り方を学び、27歳でFUBARを年商3億のステージへ押し上げた齋藤優輝。「人を幸せにする」という言葉の裏にある、泥臭い失敗と覚悟の物語。
第1章|最下位から全国へ——負けず嫌いの原点
同期38人中、最下位
齋藤優輝のキャリアを語るうえで、高校サッカー部の話は欠かせない。
入部した時、同期は38人。その中で齋藤は最下位だった。身長は高くない。フィジカルで勝てる相手もいない。でも、辞めなかった。
「基本的に自己肯定感はそんなに高くないんですよ。いじめられそうな経験もあったし、身長も高くないし。でも人よりも頭は良かったんです。だからその中で、自分の存在をアピールしたかった」
38人中最下位の選手が、3年後に全国大会のピッチに立っていた。メディアにも取り上げられた。この「最下位から全国へ」という原体験は、のちのFUBARの物語と重なっていく。1期目のカオスから年商3億へ。齋藤のキャリアには、常に「底から這い上がる」というパターンがある。
デザイナーとして独立、学生で年収2,000万
高校・大学時代からWebマーケティングに特化したフリーランスとして活動を始めた。デザイナーとしてのスキルを軸に、案件を積み上げていった。
年間2,000万円近い収入を得られる状態にまで成長させた。学生の時点で、だ。同級生が就活に奔走している横で、齋藤はすでに自分の腕で稼ぐことを覚えていた。
ただ、このときの齋藤には「ビジョン」がなかった。稼げるから稼ぐ。できるからやる。スキルの延長線上に事業があっただけで、「なぜやるのか」という問いには、まだ向き合っていなかった。
「学生の頃からフリーランスでやってて、そのまま起業してて。でも、なんでこの仕事をやってるのかって聞かれたら、答えられなかった。スキルの延長でやってただけなんですよね」
齋藤 優輝
第2章|売上2億、そして全員いなくなった
1社目の起業——プロダクトは良かった
齋藤にとってFUBARは「2社目」だ。
「学生起業は2回目なんですよ。最初の会社を起こした時って、どっかで働いたこともない状態で立ち上げて。でもプロダクトが良かったんで、売上2億ぐらいまで一気に上がったんですけど——」
売上2億。学生が立ち上げた会社としては、異常なスピードだ。ただ、この成功の裏には、致命的な欠陥があった。
お金で集まった人間は、お金で散る
「お金で集まったせいで、お金で揉めてみんないなくなっちゃったんですよ」
売上が伸びれば伸びるほど、分配を巡る衝突が起きた。ビジョンも理念もない状態で、「儲かるから」という理由だけで集まったチームは、お金という接着剤が弱まった瞬間に崩壊した。
全員、いなくなった。
「このままじゃあかんってなって。会社を解散しました」
22歳にして、齋藤は「組織が崩壊する」という体験を全身で受け止めた。プロダクトが良くても、組織が壊れたら終わりだ。逆に言えば、組織さえ壊れなければ、何度でもやり直せる。この痛烈な学びが、のちのFUBARの設計思想——「人で集める」という原則に繋がっていく。
「お金で集まった人間は、お金で揉めていなくなる。それを学んだのが1社目だった。だから今度は、『ここにいると成長できる』という理由で集まるチームを作ろうと思った」
齋藤 優輝
リクルートに「新卒の年に中途」で入った理由
会社を畳んだ齋藤が次にとった行動は、意外なものだった。起業家がリクルートに入社する。しかも、新卒ではなく中途として。
「それを学びたくてリクルートに新卒の年に中途社員で入りました。隣の同い年が3ヶ月の新卒研修を受けてる最中に、僕は1日目だけ研修受けて、2日目から『ちょっと降りてこい』って現場に出されて」
1社目で痛感したのが、「組織を作る力」の欠如だった。プロダクトを作ることはできる。売ることもできる。でも、人を束ね、同じ方向に走らせ続けることだけは、自力では学べなかった。
リクルートでは、営業の型、組織の動かし方、数字の見方——すべてを実戦で叩き込まれた。同期が座学で学んでいる間に、齋藤は現場で打席に立ち続けた。この圧倒的な密度の経験が、FUBARの営業力と組織設計の土台になっている。
第3章|FUBARの誕生——カオスから1億へ
「一緒にやろう」から始まった
FUBARの創業は、実は齋藤が主導したわけではない。
落合流星と今村健人の二人から「一緒に会社やろう」と声がかかった。2021年の3月か4月ごろ。準備を進めて、2022年8月8日に法人を設立。事業は、LINEマーケティングとTikTokマーケティングの運用代行でスタートした。
「やるか、やらないかを決めたとき、正直、経営のこともお金のことも、ほとんど分かっていなかった。それでも、やってみようと思った」
売上200万、経費300万——1期目のカオス
スタート直後から、問題は噴出した。
売上はほとんど上がらない。なのに、役員報酬を月30万円×3人で払い、税理士・社労士に月20万円の契約。経費の枠を今村に渡していたら、毎月50〜60万くらい使われていた。
売上200万円に対して、毎月の経費が300万円。P/Lを自分で読む習慣も、月次の数字を追う習慣も、ほとんどなかった。
「とんでもない会社状況だった。でも、なんとか這い上がった」
1期目の着地は、売上2,852万円、当期純利益19万円。利益としてはわずかだが、カオスの中から生き延びた1期だった。
TikTok撤退——「逃げ」ではなく「選択」
2期目に入ると、事業の重心が揺れ始めた。TikTokの案件が一時期10件くらいあった。でも、全く伸ばせない。クライアントの期待に、リソースとノウハウが追いつかない。
ここで齋藤は、TikTokから撤退するという判断を下した。
「撤退は、逃げではなく、選択だった。何をやめて、何に集中するか。その判断だった」
齋藤 優輝
さらに、営業のトップだった今村(イマケン)が辞めることになった。TikTokはやめた。営業のエースも抜けた。残ったのは、LINE運用に集中するという決断だけだった。
2期目着地:売上5,780万円、純利益550万円。1期の約2倍。LINEに絞った判断が、数字として表れ始めた。
年商1億——でも「理念がなかった」
3期目は、月25〜30万円のLINE運用という「型」が確立した。この単価で成果を出し、継続してもらえる。ガンガン営業して、ガンガン増やした。
結果、年商1億を達成。売上1億28万円、純利益203万円。1期の3,000万から、3年で1億。
だが、齋藤はこの時期を手放しでは振り返らない。
「正直に言うと、ここまで理念とかはほぼなかった。とにかく稼ぎたい。サービスを作って、受託して、なんとかクライアントワークを回す。その繰り返しだった。4期目以降は、理念を持っていきたいと思った」
第4章|4期目——咲縁の誕生、AIの導入、組織の変貌
人材紹介「咲縁」——義輝さんという転機
4期目の途中で、齋藤は人材紹介業に手を伸ばした。きっかけはクライアントだった。人材紹介をしている会社が7社くらいあって、マーケからCA(キャリアアドバイザー)まで全部を間近で見るようになった。
「これ、絶対にうちでもできるでしょ」
やりたいと思って「咲縁」というブランドは作った。ただ、何から手をつければいいかわからなかった。そのタイミングで、義輝さんがたまたま連絡をくれた。
「今の咲縁があるのは、そこからです。義輝さんが入ってくれたことで、人材紹介という事業を形にしていく第一歩が踏み出せた。咲縁は”人と縁”から始まっている」
AI自動化——寝ている間に56タスク完了
4期後半から、齋藤はAIを本格的に業務に入れ始めた。SEO記事の自動生成・公開。DM営業の自動送信。X・Threads・Noteの投稿自動化。経理のCSV自動生成。採用スカウトの自動送付。提案書のドラフト自動生成。
ひとつひとつは地味だけど、積み上げると月180時間分のタスクが自動で回るようになった。
夜間バッチという仕組みも作った。ある晩、寝ている間にAIが56タスクを完了し、32ファイルを生成し、8,633行の資料をバッチ生成した。
「僕らが寝ている間に、AIが56タスクを完了し、32ファイルを生成した。これは、少人数で大きく動ける組織になったという話だ」
齋藤 優輝
4期目の着地は年商1.2億。だが数字以上に大きかったのは、組織の形が変わったことだ。正社員2名、フル業務委託4名、スポット業務委託10名。総勢20名。クライアント約200社。1期のカオスからは想像できない規模になっていた。
第5章|素顔——自己肯定感は高くない
ここまでの話を聞くと、齋藤優輝は「強い経営者」に見えるかもしれない。売上2億の経験。リクルートでの修行。年商1億達成。AI自動化。27歳で20人の組織のトップ。
でも、本人に聞くと、意外な答えが返ってくる。
「優位に立ちたい」という本音
「基本的に自己肯定感はそんなに高くないんですよ。いじめられそうな経験もあったし、身長も高くないし。人よりも頭が良かったんです。だからその中で、存在をアピールしたかったんだと思う」
飲み会に行っても、存在が薄い状態でいたくない。同い年の飲み会では、内心「自分の方が上だ」と感じていた。先輩と飲む時は、「3年後には絶対勝つ」と思っていた。
「自分が優位に立ちたいっていうのが、かなり強かったですね。最近は丸くなったって言われるんですけど」
この「丸くなった」にも、齋藤らしい自己分析がある。
「丸くなったっていうか……正直に言うと、周りが後輩や同期だから、ちょっと下に見てるから丸くなれてる可能性もあるなって。本当に対等な相手だったら、まだ出てくるかもしれない」
この率直さが、齋藤優輝という人間の魅力だ。格好つけない。自分の弱さも、ずるさも、言語化して晒す。それができるから、メンバーも本音で話せる組織になっている。
カフェに入ると、売上を計算してしまう
齋藤の頭の中は、常に数字が走っている。
「カフェに入ったら勝手に売上と原価を推定して、この店いくら売り上げてるんだろうって計算するんですよ。最近ポーカーに行ったんですけど、32席あって回転率が2周ぐらいだなって見てたら、平日のデイリー売上が50万ぐらいで……めっちゃ利益率高くない?って」
この数字感覚は、FUBARのサービスにもそのまま反映されている。「5L分析」というフレームワークは、クライアントのビジネスを集客→リスト化→育成→成約→LTV/リピートの5段階で分解し、どこがボトルネックかを数字で特定する。感覚ではなく、データで改善する。
StrengthFinder——「影響力」の人間
自分では「人間関係を作るのが得意」だと思っていた。でもStrengthFinderを受けたら、人間関係構築力は低く、「影響力」が突出していた。
「自分は人間関係構築力があまり高いわけじゃなくて、人に影響させる力が高い人間なんだなって気づいた。自分が知らなくて、みんなが理解してることって結構あったりする。裏でなんて言われてるか、めちゃくちゃ気になるなって」
経営者としての齋藤は、この「影響力」を武器にしている。商談での説得力、メンバーへのフィードバック、採用面接でのアトラクト——すべてが「影響を与える」というスタイルで一貫している。
「自己肯定感はそんなに高くない。でも、人に影響を与える力はある。だったらそれを、メンバーの成長と、クライアントの成果のために使いたい」
齋藤 優輝
第6章|これから——2030年、年商10億への道
「人で集める」組織を作る
1社目は「お金」で人が集まり、「お金」で崩壊した。だからFUBARでは、「人」で集める組織を作ると決めた。
「この人と一緒に働きたい」「ここにいると成長できる」——そういう理由で集まるチーム。報酬は粗利連動で、頑張った分だけ稼げる設計にした。でも、お金で釣るのではなく、成長と実力の対価として報酬がついてくる構造。
「強いメンバーが集まってくれてる。これからこのメンバーをもっと大きくしていければ、会社は伸びていくし、メンバーにもどんどん良くなっていってもらえる」
5期で3億、2030年で10億
FUBARの数値目標は明確だ。
5期目(現在)の目標は年商3億。コンサル事業で1.5億、咲縁事業で1.5億。その先、6期で5億、7期で8億、そして——
「2030年7月31日に、年商10億を絶対に達成する」
「絶対に」という言葉を、齋藤は意識的に使っている。
「この数字は、約束にしたい。『絶対に』という言葉を、あえて使う。一緒に乗ってくれる人に、覚悟と目標を、はっきり伝えたい」
「太く強く長く、じっくり成長する」
革新的な新事業はやらない。伸びると確定している既存事業を、自社のアセットとナレッジで確実に構築する。これがFUBARのテーマだ。
「伸びると確定している既存事業を、伸ばし方がもう決まっている事業を、自社のアセット・ナレッジで、確実に構築していく。そんな強い会社を目指している」
HRコンサル、人材紹介、マーケ、営業支援——BtoBに何でも提供できる会社へ。「FUBARに相談すれば、会社が伸びる」と言ってもらえる組織を、齋藤は本気で作ろうとしている。
「FUBARに入ったら戦闘力が上がる。だから稼げる。稼げるから、人を幸せにできる人間になれる。これは本気で思ってます」
齋藤 優輝
メッセージ|未来の仲間へ
最後に、齋藤に「これからFUBARに入る人に伝えたいことは?」と聞いた。
「人間は、よく働くし、よくもらうし、よく稼ぐし、よく遊ぶのが人間だよね——って思えるやつと、一緒に働きたいです」
「僕たちは少数精鋭で、一人ひとりの守備範囲がめちゃくちゃ広い。大企業なら3年かかるポジションに、半年で立てる。LINEマーケ × 営業 × AI × コンサル——スキルの掛け算が起きるから、3年後にはどこに行っても食っていける人材になれる」
「泥臭いけど、再現性がある。だから一緒にやる仲間が増えれば増えるほど、全員の戦闘力が上がっていく仕組みになってる。この船に、一緒に乗ってほしい」
「この船に、一緒に乗ってほしい。これからも、一緒に描いていこう」
齋藤 優輝 — 代表取締役 / CEO